徒歩で巡るユジノサハリンスクの観光名所半日コース

8月の『サハリン』は、まるで高原リゾートのように
涼しく爽やかでございます。

『ユジノサハリンスク』は、
道路が碁盤の目のように、東西南北にまっすぐですので

私達夫婦のように外国から来た人にとりましても
歩きやすい街と申せましょう

『ユジノサハリンスク』には、街のあちこちに見どころがございます。

丸一日あれば、これらの見どころを徒歩で巡ることができるのでございます。

これらの見どころのいくつかをご紹介いたしましょう。

チェーホフ記念館

『カールマルクス通り』に建つ『チェーホフ記念館』

歩道には、チェーホフの小説の
ワンシーンを再現した銅像が立っており
人々の憩いの場所となっております。

ロシアを代表する、小説家・戯曲家の『チェーホフ』

『かもめ』
『ワーニャ伯父さん』
『桜の園』

時代を超えて世界中に愛される名作を残した
『アントン チェーホフ』は1890年

現在の『ロシア連邦ロストフ州タガンログ』に生まれました。

中学校卒業後、『モスクワ』に移り住み
『モスクワ大学医学部』に入学します。

勉学の傍ら、学費を稼ぐためにユーモア短編小説を執筆しますが

これが世に認められ
『小説家』『戯曲家』として後の世に数々の名作を残す第一歩となります。

1890年 30歳の『チェーホフ』は
『モスクワ』から鉄道 船 馬車を乗り継ぎ
遥か東の『サハリン』を目指します。

流刑地であった『サハリン』

『チェーホフ』は『サハリン』に3ヶ月滞在し
『ロシア』より遠くこの地に流罪となった人々の過酷な暮らしぶりや
『アイヌ』の人々の生活の様子をつぶさに調査しました。

三か月という短い期間に
寝食を忘れて収集された膨大な資料や見聞録をもとに執筆された『サハリン島』
新聞に連載されるや否や、たちまち
『モスクワ』の人々に大きな衝撃を与えました。

『チェーホフ記念館』は
そうした彼の功績を讃えるために建造された資料館でございます。

サハリン郷土歴史博物館

『コムにスキーチェスキー通り』を
山の方角に向かって少し歩きますと、左手に
『郷土史博物館』が見えてまいります。

重層感あふれる、瓦屋根の立派な佇まい

旧『樺太町』時代の貴重な建造物が
今もなお、当時とほぼ変わらない姿で残っております。

門を入りますと、噴水のある池があり
人々がくつろいでいらっしゃいます。

まずは、建物の周りを
散策いたしいましょう。

旧日本軍の戦車が展示されております。

お母さんに連れられた坊ちゃん
戦車に登って、得意げですな。

先住民族の住居が
再現されております。

地面を正方形に掘り、
木材で壁と天井を組んであります。
中に入りますと
大変涼しいのでございます。

なにやら、マンモスの牙のようなものが
置かれております。

クジラの背骨です。

日露戦争の際に、日本軍が
戦利品として獲た
ロシア軍の砲塔です。

この後、『郷土史博物館』の中を
見学いたしました。

地下1階には『サハリン』の
地質学的な見地からの展示物がございます。

7千万年前に生息していた巨大な『アンモナイト』の化石や
1500万年前に『太平洋』の浅瀬に生息していた
体長3メートル 体重1,200キロの恐竜
『デスモスチルス』の化石のレプリカなどが展示されております。

1階には『サハリン』と『千島列島』に生息する
動植物についての展示がございます。

『サハリン』も『千島列島』も
ともに『太平洋』に囲まれた南北に広がる島々で
その独特の環境の中で様々な生物が、独自の進化を遂げました。

『ヒグマ』『ジャコウジカ』『カワウソ』『クロテン』など
この地に生息する特有の動物の剥製が展示されております。

また『オホーツク海』の大陸棚に生息する
『ヒゲクジラ』『太平洋サーモン』『シロシュモクザメ』
『イヌゴチ』『ホテイウオ』などの模型が展示されており
別のコーナーでは、『旧石器時代』の石器や陶器

『アイヌ民族』の生活用具や装飾品
狩りに使用された槍や舟などが展示されております。

2階には、『日露戦争』以前この島が流刑地であった頃の囚人服や手枷足枷
労働場所であった炭鉱の写真など

1945年以降、『ソビエト連邦』がこの地を再び統治してから
現代に至る歴史に関する展示物がございます。

北緯50度線に置かれた、
国境標石1号(実物)と
国境標石3号(レプリカ)も
展示されております。

 

ロシア正教会

白い壁と、緑の屋根が美しい
『ロシア正教会』

その建築物は
『古代ローマ帝国時代』から伝わる
『ビザンチン様式』を取り入れています。

本来『ビザンチン様式』のドームは
お椀を伏せたような半球形ですが

『ロシア正教会』のドームは
特徴的な『玉ねぎ形』をしております。

これは、ドームに積もった雪が落ちやすいようにと考案されたものですが
見た目にも大変美しく、訪れる人々を魅了します。

大きなドームは『クーポル』(複数で『クーパラ』)

小さなドームは『ルーコヴィッア』と呼ばれます。

この『教会』は『ルーコビッツア』が三つあります。

これは『父』『子』『精霊』を意味します。

ちなみに2017年に建築された『キリスト生誕教会』は
中央に大きな黄金の『クーポル』がひとつ
周りにやや小さめの青い『クーポル』が四つあります。

中央の黄金の『クーポル』は『キリスト』を示し
周りの四つの『クーポル』は四人の使徒
『マルコ』
『マタイ』
『ルカ』
『ヨハネ』
を示します。

この『ロシア正教会』
『キリスト生誕教会』ができるまでは
『サハリン』で一番大きな教会でした。

しかしながら、天にまっすぐに伸びる尖塔は
シンプルで美しく
訪れる人々の心を和ませます。

ガガーリン公園

そして、さらに進むと
美しい森が、目の前に広がります。

『ガガーリン公園』でございます。

入り口を入りますと

人類史上初の宇宙飛行を成し遂げた
ユーリ・ガガーリン少佐の像が
建っております。

やはり、ロシアの人々にとって
ガガーリンは、永遠のヒーロー
なのですな。

桜並木通りの石碑を発見!

園内を散策いたします。

あっ、ありました。

桜並木の石碑でございます。

先ほどお伺いした
日本料理店『ふる里』のオーナー
宮西 豊さんのお名前が
刻まれております。

見つけました!!

土曜日の午後とあって
園内には、たくさんのご家族で
にぎわっております。

『子供鉄道』は12歳から17歳の青少年を対象とし
将来、鉄道輸送業務に関わる人材を育成することを目的とした
国の補助教育機関です。

青少年達は、経験豊富な教官のもと
机上での研修や実技のカリキュラムを経て
夏の間だけ運営される『子供鉄道』の職務に従事します。

その職種は、運転手 指揮官 駅務員 アナウンサー 出札係など
本物の鉄道業務と変わらない本格的な職務です。

彼らはこうした業務に従事することにより
鉄道輸送業務のスキルを身につけるだけでなく
教官や年齢の離れた仲間達とのコミュニケーションを通じて成長してゆきます。

『ガガーリン公園』の『子供鉄道』は
王子が池を中心とした
一周13分の楕円の鉄道駅で
『コムソモリスカヤ』『ピクネール』の2つの駅がございます。

駅も車両も、できるだけ本物の鉄道に近づけられており
8台の客車と2台のディーゼル機関車が稼働しております。

一夏で300人の青少年が教育プログラムを修了し
中には上位の鉄道教育機関への進学を志す青少年もおります。

線路の向こうには
人工池『王子が池』が広がります。

今日は、お日柄がよいのでしょうか?
あちこちで、新郎新婦が
集まったお友達に祝福されている光景を
目にいたします。

ここには、神社のお社が
あったようです。

 

園内には、遊園地があります。
公園は入場無料ですが、
乗り物に乗るには、
チケットを購入する必要がございます。

色とりどりの、大きな綿あめの売店

小さな女の子が駆け寄っていきました。
後から、お母さんがやってきて
女の子を抱きかかえて
去ってゆきます。

『ビエ~』
女の子は、大泣き。。

私も、娘が小さかったとこのっことを
思い出します。

かつて『サハリン』が『樺太』と呼ばれていた頃

ここ『豊原』に住む人々人々は

『王子が池』と『水原池』を流れる川を『多摩川』と呼んで
この2つの池を中心に美しい庭園を造りました。

1945年の『樺太の戦い』により
この地を掌握した『ソビエト連邦』の人々は

この庭園のあまりの美しさに驚き

『日本人』は『自然の美しさを引き立て
水に対する畏敬の念を持って、この庭園を造り上げたことを知ります。

これより『ソビエト』の人々は

この美しい庭園をさらに格調するために資本を投じ

ダンスフロア 夏の映画館 遊園地
スポーツ施設 キオスクを建設し

『ユジノサハリンスク』に住まう人々の
教育水準を向上させ、文化的活動を促進しました。

1968年 人類初の有人ロケットで
地球軌道周回を成し遂げた英雄
『ユーリ アレクセジビッチ ガガーリン』の死去を受け

その功績を称え
『ガガーリン公園』と命名します。

公園の入り口には
宇宙服を着た『ガガーリン少佐』の銅像が建てられました。

1981年の台風により
『王子が池』『水原池』は消失し森の木々はことごとく倒れました。

その後1年をかけて復旧が行われ
池や森 遊園地やベンチが復活いたします。

1986年には『夏の映画館』が建てられ
映画やコンサートが開かれましたが

3年後に映画館は閉館し動物園となりました。

その後動物園は『ガガーリン公園』の北側に移転し
『エゾジカ』
『トナカイ』『ヒグマ』
『ツキノワグマ』『アムールトラ』といった
極東ならではの動物を擁する『サハリン動物園』として生まれ変割ったのでございます。

 

売店で、ガイドのイリーナさんが
アイスクリームを買ってくださいました。

空気は爽やかですが、
西に傾きかけた日差しは
けっこう強く
アイスクリームの冷たさが
気持ち良いです。

おや、先ほどの女の子

お母さんに抱っこされて
バナナを食べて、ご機嫌です。

よかったね。

ユジノサハリンスクを徒歩で観光して感じたこと

猛暑日が続く8月の『日本』から逃れ
『成田空港』から約2時間のフライトで行ける『ユジノサハリンスク』は
とても清々しく、まるで高原の避暑地のように爽やかです。

道路は広く、碁盤の目状に東西南北に伸びておりますので非常にわかりやすく
歩道の花壇に咲く花々も鮮やかで、目を楽しませてくれます。

何よりも車のマナーが大変良く
道路を横断する歩行者に対しては、必ず停車してくださいます。

これは『日本』も見習うべき立派な習慣でございますな。

『チェーホフ記念館』から『サハリン州郷土博物館館』
『ロシア正教会』から『ガガーリン公園』と
徒歩で観光いたしましたが
『ユジノサハリンスク』の美しい街並みと
街のあちこちに点在する見所を探索するには
やはり『徒歩』が一番でございます。

『ロシア』独特のパステルカラーで彩られたユニークな建物や
『キリル文字』の標識や看板
道行く、背が高く金髪で青い目の丹精な顔立ちの人々・・

まさに『異国にやって来た』と感じる中に
『日本』の面影が見え隠れいたします。

『サハリン州郷土博物館館』の瓦屋根の立派な建物

庭の一角に置かれた『旧日本軍』の戦車や大砲

『ガガーリン公園』の『王子が池』の石碑や祠の跡

戦後70年が経過した今でも
『樺太時代』の史跡が現存することは
『高度成長期』を経て今や世界に名だたる『経済大国』となった過程で
古いものがどんどん姿を消してしまった『日本』では考えられないことと
驚いた次第でございます。

『樺太時代』の史跡の中には
『樺太神社』のように
『旧ソビエト社会主義連邦共和国』のイデオロギーに適合せず
消失したものも少なくございませんが
その一方で

『樺太庁博物館』や『王子が池』
『樺太鉄道網』など
『日本人』がこの地で築き上げてきたものを継承し
大事に利用している例もございます。

『サハリン』の人々は
『樺太』の史跡を継承することにより
『日本人』が自然に対して畏敬の念を持って慈しみ
調和を目指していたこと
優れた建築や鉄道網を築き上げる高い技術を持っていたことを知っており
『日本人』に対して親しみと尊敬の念を持っておられるのだと感じます。

それに比べ私達『日本人』は
『サハリン』の人々のことを
あまりにも知らなさすぎました。

『成田空港』から飛行機でたった2時間
この美しい街並みを自らの足で歩みながら

私達の先輩方が残した軌跡が今なお残る
『日本の最も近い外国』のことを
もっと知らなければと感じた次第でございます。

 

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