シベリアの巴里と呼ばれるイルクーツク-アンガラ川沿いの観光スポット



『シベリアの巴里』と謳われる『イルクーツク』

極東の街『ハバロフスク』から
『シベリア鉄道』に三日三晩揺られ辿り着いた街は
それは美しい都でございます。

真夜中にホテル入りし
シャワーを浴びてベッドに入ったのが3時半過ぎ

にもかかわらず、朝6時前には目を覚まし
ホテルのカーテンを開けて外を見ます。

目に飛び込んできた美しい街の風景に
寝不足もどこへやらーこうしてはおられませぬ。

早速ホテルのレストランで朝食を取り
身支度を済ませ『イルクーツク』市内観光に、いざ出発‼︎

この美しい都の見どころの数々を、ご紹介いたしましょう。

キーロフ広場

2015年8月13日(木)午前6時

『アンガラ・ホテル』で目覚めます。

睡眠時間は約3時間でしたが
3日ぶりのベッドで、手足を伸ばして
ゆっくりと眠れました。

ホテルの窓から、『イルクーツク』の街を眺めます。



広々とした『キーロフ広場』にのびる遊歩道と木立
その向こうには、美しい建物が並んでおります。

7時になって、ホテル1階のレストランへ



シベリア鉄道のコンパートメントでは
ほとんどカップヌードルや、ピロシキでしたので

久しぶりの、普通の食事でございます。

今日は、午前中は『イルクーツク』の街を観光し、
午後から、大草原の『ウスチオルダ』
夕方に、バイカル湖畔の町『リストビャンカ』
へとまいります。

盛りだくさんの1日
しっかりと、スタミナをつけてまいりましょう。

食事を終え、いったん部屋に戻り
出発の仕度を整えます。

午前9時の出発まで、時間がありますので
すこし、ホテルの周りを散策いたしましょう。



晩秋を思わせる、すがすがしい朝です。



パステルカラーに彩られ
彫刻に縁どられた窓

こちらは『ロシア国営銀行』のオフィス



美しい建物が立ち並ぶ街『イルクーツク』は
『シベリアのパリ』と呼ばれているそうです。



ホテルの前の『キーロフ広場』
並木道を歩いていると
時折、出勤途上の人々と、すれ違います。



平日の朝であるにも関わらず
人通りは、決して多くございません。



横浜駅のように、大勢の人々が
ぞろぞろと歩く光景に
慣れ切っている私には
少々不思議な気がするのでございます。

かつてクレムリン要塞があった場所

『イルクーツク』は、極めて大雑把に申し上げますと
ほぼ正三角形に街が広がっており
底辺のほぼ中央から頂点にかけて
『アンガラ川』が流れております。

また正三角形の左頂点から中心にかけて
『イルクート川』が流れ込み
正三角形の中心部で『アンガラ川』と合流いたします。

この2つの川の合流地点に『アンガラホテル』は位置しており
この辺りが『イルクーツク』の政治・経済・教育の中心地と申せましょう。

17世紀-ここには『イルクーツク・クレムリン』
要塞がございました。

『モスクワ』より遠く離れた『シベリア』の地は
まだまだ『フロンティア』の時代であり
土着の部族からの襲撃に対する防衛システムとし
長さ520メートル、高さ2.7メートルの正方形の城壁に囲まれた
8つの塔を持つ要塞が建造されました。

この『イルクーツク・クレムリン』

1716年に街を襲った大火災で一度は消失したのちに再建されますが

近代化とともに『防衛システム』の役割は薄れて
この地は美しい公園に生まれ変わりました。

『キーロフ広場』は
かつて『イルクーツク・クレムリン』の
南側の城壁があった場所でございます。



ホテルの戻り、身支度を整え
チェックアウトするため
部屋を出て、エレベータホールにまいりますと

廊下の向こうから、従業員の女性が
何かおっしゃりながら、走ってこられます。

『ちょっとまって!キーは、私がもらうわ』

こんな感じでしょうか?

各フロアには、フロアカウンターがあり
担当の方がいらっしゃるのです。

キーは、小林さんにお渡しし
一括でチェックアウトしていただく予定でしたが、
そうおっしゃるなら・・

女性にキーを渡し

「スパシーバ(ありがとう)」と申し上げますと

「パジャールスタ(どういたしまして」
とおっしゃって、まだ向こうに行ってしまわれました。

お忙しいのですな・・

エレベータで1階に降り
ホールで待っていた小林さんに
事情をお話しします。

『きっと、仕切りたいんっでしょうね』

チェックアウトも終わり
ホテルの前で、待機しているバスに乗り込みます。

現地ガイドは、ウラジミールさん
(ハバロフスクのガイドさんと
同じお名前でいらっしゃいます)

どうぞ、よろしくお願いいたします。

アンガラ川



美しい建物が立ち並ぶ、市街を走り
最初に向かったのは、
アンガラ川沿いの広場でございます。

実は私共、ツアーに参加しておりますため
『アンガラホテル』からはバスで移動いたしましたが
『キーロフ広場』から『アンガラ川』までは
徒歩5分程度の距離でございます。

『イルクーツク』の中心地を
蛇行するように流れる『アンガラ川』

『イルクーツク』の南東70キロにある
『バイカル湖』の南にある河口から流れ出る大河でございます。

その全長は1,770キロにも及び

『イルクーツク』そしてさらに北の都市『ブラーツク』を経て
『クラスノヤルスク』の街『ストレルカ』で『エニセイ川』に合流し
やがて『北極海』へと流れてまいります。

川の水は、黒っぽい色の『アムール川』とは対照的に
水が大変澄んでおります。

川岸の手すり越しに、川を見下ろします。
広い川幅にもかかわらず、流れが急で
驚いてしまいます。

もし転落すれば、あっというまに
流されてしまうでしょう。



『バガヤヴリェーンスキー聖堂』
ちょっと太めの独特な尖塔を持つこの教会は
1693年 『イルクーツククレムリン城壁』の東側に建てられた
『イルクーツク』で2番目に古い教会でございます。

ここより『アンガラ川』の上流
『イルクーツク』市街地の南東には
『イルクーツク水力発電所』がございます。

全長240メートル
全幅77メートル
高さ56メートルという
巨大なダムを持つ発電所でございます。

この発電所は8機の発電機を保有しており
最大で660メガワットの電力を供給することができます。

電力は主として『イルクーツク』にあるアルミニウム工場や
住民の生活用に供給されております。

この発電所施設

上空から見ると、まるで『三味線』のバチのように
川の上流部分が狭く
ダムに近づくにつれ、一直線のダムまで川幅が広がります。

冬場は、川が凍って発電所は操業できないのではございますまいか?

いえいえ『アンガラ川』は
冬でも凍結することがございません。

『アンガラ川』の源流『バイカル湖』は
表面は凍結いたしますが
湖底の水は地熱の関係で比較的暖かく
これが『アンガラ川』に流れ出し

標高差380メートルの勾配に乗って
『イルクーツク』の街に勢いよく流れ込んでまいります。

この川の流れを利用して
『イルクーツク水力発電所』は一年中電力を供給することが
できるのでござます。

同じく、電力供給を水力発電に依存している『ネパール』
乾季には水が絶対的に不足し
毎日計画停電が行われ
こちらは深刻な情況でございます。

ちなみに冬の『アンガラ川』は川床と水面の温度差から霧が発生し
空気中で霜となり、街全体を覆い尽くします。



 

スパスカヤ寺院





広場の中央に立つ、『スパスカヤ教会』

白い壁が、くっきりとした青空に映え
独特の美しさを呈しております。

壁面には、フレスコ画が描かれております。

この場所が、まさに『イルクーツク・クレムリン』の
中心となる『塔』のあった場所でございます。

今や美しい公園となったこの地が
かつては城壁に囲まれた要塞であったっことを
時の流れを超えて、言葉なく語りかけてくるようです。

ズメナンスキー寺院

かつて『イルクーツク・クレムリン』が存在し
今は美しい『スパスカヤ寺院』が建つ公園より『アンガラ川』に沿って東へ
(下流に向かって)約2キロほど進みますと
『聖ズナメンスキー修道院』に到達いたします。

聖ズナメンスキー修道院

ウラジミールさんのご説明によれば

イルクーツクで最も古い教会ですが

その歴史の中で、何度か改修が施され

現在に至っているそうでございます。

なるほど、それで
先程の『スパスカヤ』寺院よりも
新しく感じられるのですな。



19世紀初頭、ロシア皇帝の専制政治に対し

自由と開放を求めて立ち上がった
貴族の青年将校たち

彼らの決死の行動も虚しく、革命は鎮圧されます。

反逆者として、この地へ流刑され

身を賭して同行した彼らの妻たちとともに

この地で生涯をおくった青年貴族たち

この修道院には
『デカプリスト(12月の人々)』のお墓があります。

『はるか日本から来た人よ、どうかねこの街は?

驚くほどに、たいそう美しいだろう?』

お墓に立つ十字架を通して
安らかに眠る人々が
自慢げに語りかけてくれるようでございます。



イルクーツクの街は

カラフルな壁と
彫刻が施された窓や
バルコニーの手すりなど

美しい建物が並びます。



思わず、夢中になって
写真を撮ってしまいます。

イルクーツク博物館

ふたたび『キーロフ広場』に焦点を戻しまして
今度は『アンガラ川』を南南西の方角へ(今度は上流の方へ)進みますと

やはり川沿いの美しい公園がございます。

『ロマノフ王朝』第十三代皇帝『アレクサンドル三世』の銅像が建つ公園

通りを隔てまして、ひときわ目を惹く可愛らしい煉瓦造りの建物は
『イルクーツク博物館』でございます。

この博物館には『モンゴル系ブリヤート』の人々の伝統的な木造ゲルや
小舟、狩りの道具などが展示されておりました。



博物館を見学した後

アンガラ川沿いの公園で
小休止いたします。



広場には、家族連れなど

短い夏を楽しむ人々で
にぎわっております。

日差しが高くなり
少々暑くなってまいりました。



売店で購入したアイスクリームを食べながら
アンガラ川の対岸を眺めます。



鉄道と、『イルクーツク駅』が一望できます。

深夜に駅に到着し、急いでバスに乗った為
駅舎を写真にとることができませんでした。

少々、心残りでございます。

セルゲイさんや、ナターシャさんは
もうどの辺まで行かれましたでしょうか?

『クラスノヤルスク』の辺りでしょうか?



トイレ休憩で立ち寄った
『インツーリスト・ホテル』でございます。

 

『デカブリスト』の精神が息づく美しい都市

『シベリアの巴里』と賞される『イルクーツク』

1825年12月14日
『ロシア皇帝アレクサンドル一世』の崩御を受けて即位した『ニコライ大帝』

その宣誓式の日に3,000の兵を率いて
『皇帝専制打破』
『農奴解放』を目指して蜂起した青年貴族達

後に『デカブリスト』と呼ばれた彼らのクーデターは失敗に終わり
首謀者は絞首刑に処せられ
他の者は遠く『シベリア』の地に流刑となりました。

『モスクワ』より遥か東方の不毛の地にたどり着いた彼らは
この地で教育や文化の発展に尽力し
次第に『シベリア』の政治経済の中心となリ
発展と繁栄をもたらします。

彼らと共に流刑の地に赴き、生涯を共にした妻たちは
後に『ロシア貴婦人の鏡』として語り継がれます。

『自由と解放』という理想のために立ち上がった『デカブリスト』達

志半ばで、失意の内に赴いた不毛の地は
今や美しい街並みが並ぶ都市へと変貌を遂げました。
この美しい街並みを歩いておりますと

彼ら『デカブリスト』達の理想への憧れと
故郷『モスクワ』への望郷の想いが伝わってくるようでございます。


無料の切絵教室はじめました。

『シベリアの真珠』と謳われる
『イルクーツク』

『アンガラ川』と『イルクート川』が流れる
この街には
美しい教会や個性溢れる建物が多く存在します。

これらの街並みは、『切絵』の題材にはまさにぴったりでございます。



これからも、『切絵』の作品が完成する度に
このブログに掲載してまいりますが

これから『切絵』の作品が
どのようにして生み出されるのか?

メールマガジン『極東切絵工房』で
その制作過程をお見せいたします。

『切絵』というジャンルは
有り体に申し上げれば、ごく少数派

公募展に出品いたしましても
周りの作品は
『油彩』や『日本画』が
圧倒的な数を占めております。

そうした中で、周りの作品と互角に渡り合い
数々の賞を受賞するまでには
長年にわたる試行錯誤が必要でした。

一見、複雑で
とてつもなく面倒そうな『切絵』

タネを明かせば、実はとても簡単でございます。

道具や絵の具も
『油彩』や『日本画』に比べ遥かにお安く
何か手頃なクラフトを趣味ではじめたいとおっしゃるあなた様には
まさにピッタリでございます。

小刀を使って切った線には
筆では決して表現できない優雅さと繊細さ
力強さと風格がございます。

メールマガジン『極東切絵工房』は
いわば無料の『切絵教室』

『切絵』の持つ魅力
制作の楽しさを

旅のエピソードとともに
あなた様だけにお届けしてまいります。

なぜ『切絵』なのか?
なぜ『油彩』や『日本画』といった
ポピュラーなジャンルの表現方法ではないのか?

小刀で黒い紙に細かな彫刻を施してゆく技法

そのルーツは
中国古来より山村に伝わる庶民の伝統芸能にございます。

『切絵』に出会い
独特な風格と力強さに魅了され
『鎌倉』や『上野』出会い毎年開催される公募展で
入賞するまでになるには
長年にわたる試行錯誤が必要でした。

無料のメールマガジン
『極東切絵工房』では

『切絵』との出会いから
数々の苦悩を経て、今に至るまでのエピソードをお話しさせて頂きます。

まるで『ケーキ』のように
美しい色合いと模様で彩られた
『イルクーツク』の街並み

『横浜』などでは
よく有名デパートにまいりますと
ガラスウインドウの向こうで
パテシエさんが、手際よくケーキを作っておられる光景を目にいたします。

台座にたっぷりの生クリームを塗り
目にも鮮やかなフルーツをたっぷり乗せ
さらに生クリームでデコレーションする

だんだんとケーキができてゆく様子は
見ているだけで、ワクワクしてまいります。

『極東切絵工房』も
『切絵』の作品ができてゆく様子を
一枚の絵にまつわる旅のエピソードを織り交ぜながら
お伝えしております。

デッサンからカッティング
彩色に至る一連の工程

『切絵』が徐々に出来上がってゆく様子は
ただ単に完成品を見るよりも
数倍の楽しさがございます。

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